たんぽぽ計画6つの課題の背景について

研究分野の現状

第一サブテーマ「地球から宇宙へ」

 これまでの実験大気圏での微生物採集実験は1980年代から始まった分子生物学手法の発展以前に行われたために、単なる微生物採集とその記載に留 まっていた(ST1-1,2,3)。ごく最近インドのグループが大気球を用いてBacillus属の菌を採集したと報告した(ST1-4,5)。何れにしても、こ れらの微生物採集の最高高度は58 kmである。

 われわれは航空機を用いて12 kmまでの大気を採集し、5株の細菌株を得た。それらの細菌株のうち2株がこれまで最も高い紫外線耐性を持つとされているDeinococcus radioduransと同等あるいはそれ以上の紫外線耐性を示した(ST1-6,7)。さらに大気球を用いた採集実験を行い、複数の微生物株の単離に成功した(ST1-8-15)。本サブテーマはこれらの延長線上にあり、ISS軌道高度での微生物の採集をめざす。こうした地球圏外の微生物の捕集と分子生物学的な 手法による解析は国内外で全く新規な研究提案である。

第二サブテーマ「地球微生物の宇宙生存」

 宇宙空間での微生物の曝露実験。これまでも、宇宙空間での微生物生存実験がいくつかある(ST2-1,2)が、本サブテーマでは、成層圏で採集された超紫外線耐性菌ST2-3を用いて、宇宙空間に曝露して生存時間を測定する。先行研究では、微生物サンプルを一定の時間曝露した後の生存率を測定している。本申請では微生物の宇宙空間での伝播において想定される状態、すなわち微生物が凝集した状態で広範囲の波長の光線、放射線等の複合的な作用を検証し、正しく微生物の宇宙伝播の可能性を評価する。さらに1年間、2年間、3年間と時間経過を追うという点もこれまで行われていない新規な点で、これにより正しく微生物の宇宙伝播の可能性を評価する。

第三サブテーマ「地球外有機物の宇宙変成」

 宇宙空間での地球外由来有機物の変性を評価。ESAを中心に,衛星や宇宙ステーションを用いて,有機物の宇宙環境に曝露する実験も行われた。しかし,これらは核酸やタンパク質などの生体有機物を用いたものであり,星間有機物アナログを曝露したのは,Greenbergらによるものだけである。これら従来の実験では,窓を用いて試料を封じ込めているため,肝心の極端紫外光が試料に照射されないという問題があった。本申請実験では,隕石や彗星から生じた惑星間塵中の有機物(アナログ)をフッ化マグネシウムの窓で曝露し,極端紫外光を含む宇宙放射線・電磁波による複合的な作用による変成過程を観察するもので、国内外で初めてなされる実験である。

第四サブテーマ「宇宙から地球へ」

 宇宙塵中の有機物分析。生命前駆物質としての有機物の一部は、太陽系のもっとも始原的な天体である彗星や小惑星、さらには若い恒星の周囲に存在するガスとダストの中で形成・保存されていることがわかってきた。同時に、地球の形成から45億年以上経過した現在でも、地球に降下する宇宙物質の総量は年間2-6万t程度に及び、その質量の99 %以上はmmサイズに満たない宇宙塵によってもたらされていることが、地球低軌道、成層圏、極地氷床、深海底などからの宇宙塵採取によって解き明かされている。しかし、これらの微粒子は地球上由来有機物混入の影響を除去仕切れない。

2004年にエアロゲルを用いてヴィルド第二彗星のコマからの塵の採取に成功し、2006年1月に帰還したNASAのStardustミッションの初期分析には、申請者(矢野・奥平・藪田)を含めた日本人研究者も中核を担ってきた。その結果はScience 2006年12月15日号に特集された。その彗星塵のラマンスペクトル、nanoSIMSやSTXMでミクロンからサブミクロンの炭素原子分布の観察から非揮発性有機物の存在が推定されている。Stardastミッションで用いられたエアロゲル密度は0.025 g/cm3程度である。そこで本サブテーマでは、超低密度(0.01 g/cm3以下)のエアロゲルを用いることにより、惑星間塵の非揮発性有機物の捕獲可能性さらにあげる。彗星以外の由来の多数の宇宙塵を採集し、抽出分析も含む総合的有機分析によりスターダストをも凌ぐ、次世代の惑星探査サンプルリターンのさらなる技術革新にもつながる。

第五サブテーマ「世界最高性能エアロゲル」

 シリカエアロゲルは二酸化ケイ素を成分とし無色透明の「固体」である。低密度性、透明性、及び宇宙環境での安定性から、エアロゲルは人工デブリや惑星間塵の採集に利用されてきた。

エアロゲルの製作は飛翔体への安定した据付を考慮すると、これまでは0.025 g/cm3程度以上が現実的であった。申請者らは既に、異なる密度の層構造を有する複層エアロゲルを開発することにより、構造安定性と超低密度化を両立させた。この0.01 g/cm3の超低密度エアロゲルの宇宙でのダスト採集能力の検証を行う。超低密度エアロゲルによる採集法は将来の惑星探査の革新技術となる。

第六サブテーマ「微小スペースデブリフラックス評価」

 これまで、JAXAは材料評価のための実験とあわせてスペースデブリの採集実験を行ってきた(SFU飛行後検査、MFD-ESEM、SM/MPAC&SEED、JEM/MPAC&SEED)。

 とりわけ地球低軌道上のスペースデブリのフラックスは太陽活動サイクル、各国の宇宙活動の頻度、形態などによって経年変化する。1980年代に米国が、今年1月には中国が、自国の低軌道衛星を地上から攻撃して破壊する軍事実験を行った。その結果、破壊された衛星軌道は短時間のうちに変化し、類似軌道を通る全ての衛星への衝突頻度を上昇させた。しかし、微小デブリがどのように拡散しているのかは、宇宙機が実際に遭遇するまで不明である。したがって、本実験によってISS軌道上のデブリフラックスを長期間に渡って継続的にモニタリングを行うことは重要である。近年、米国Naval Research Laboratory(NRL)がNASA/JSC、JAXA/ISAS、千葉大学、英国ケント大学と国際チームを組み、総面積10 m2の超大型のエアロゲルをISS上に展開して宇宙塵&スペースデブリ採集実験「LAD-C」を2008年から実施する計画が準備されていた。しかし残念ながら、NRLの科学政策の重点の転換によって、NRLによるステーション関連の科学実験はLAD-Cを含めて、取りやめとなった。従って、地上への試料回収が必要な長期間曝露を行える宇宙塵&スペースデブリ採集実験を実現するには、現在のところ、「きぼう曝露部」を活用する以外になく、本計画の国際学術的重要性は高い。


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