研究室紹介

 タンパク質をはじめとする生体高分子の特徴は、固有の生理機能を有する点にありますが、この機能は分子の立体構造と深く結び付いています。ゲノムに含まれる情報も最終的には、遺伝子がコードするタンパク質の立体構造として具現化されて、生命活動に参画することになります。生体高分子の立体構造と機能との関係を追究する学問分野は構造生物学と呼ばれますが、ポストゲノム時代を代表する世界規模のプロジェクトにより、近年多くの生体高分子の立体構造が続々と解明されています。当研究室では、これらタンパク質分子が示す特異的な立体構造とその相互作用認識が、生命活動を担う固有の情報とそのやり取りととらえ、分子の構造学的な側面から、生命活動を追究することを目指しています。

 現在、タンパク質の立体構造は、X線結晶構造解析あるいはNMR(核磁気共鳴)分光法により決定されていますが、これらの方法の指導原理は、対象分子を構成する原子数に見合うだけの独立した情報を、回折像またはスペクトルから収集し、これを3次元の構造空間に数学的方法を用いて変換する、というものです。一方、タンパク質のフォールディング(形態形成)に関する研究から、タンパク質分子の立体構造は、そのアミノ酸配列と物理化学的な要請によってほぼ規定されることが明らかにされていますが、具体的にアミノ酸配列から立体構造を完全に予測するまでには至っていません。私たちは、タンパク質の立体構造の本質的な部分は、現在よりも少ない情報で規定され得ると考え、その情報はどのようなものであるかを構造解析の立場から研究しています。

 具体的にはX線小角散乱(SAXS)という方法を用いますが、この手法は測定対象が溶液であることを除き、X線結晶解析と同一の測定原理に立脚しています。溶液を対象とするため、得られる情報は空間的、時間的に平均化されたものとなり、分子の形状や大きさといった分子全体のグローバルな構造情報が得られるのが特徴です。但し、近年ab initioモデリングと呼ばれる手法が開発され、SAXSデータのみから、粗視化レベルで分子の形状をかなりの精度で構築できるようになりました。下図は同一タンパク質に対するNMR構造(左)とSAXSモデル(右)ですが、両者を比較すると

 SAXSモデルが分子の細かな形状をよく復元していることがわかります。1次元のSAXS情報から3次元の立体構造が何故再現できるのか、というのは大きな謎ですが、このことはとりも直さず、タンパク質の立体構造を実質的に規定するのは、現在よりもはるかに少ない情報で十分であることを示しています。私たちは、SAXSによる分子全体にわたるグローバルな束縛以外に、二次構造のような内部構造による束縛を、取捨選択してかけることにより、タンパク質の立体構造を規定するにはどの種の情報がどの程度必要か解析しています。そして現時点おいては、下図のようなイメージを描いており、その検証と追加情報の探求、具体的な構造解析法の確立を試みています。

 当研究室では、上記のタンパク質の立体構造構築に関する知見に基づき、これを個々のタンパク質の関わる課題に適用することも行っています。特に、薬科大学の中の生命科学部という特徴を生かし、薬や病気に関連するタンパク質、生命活動に関わる重要なタンパク質をその対象としています。具体的には、ラクトフェリン、sirtuin、protein A、グルタチオンSトランスフェラーゼやアガリクス由来βグルカンを対象としています。これらのタンパク質の関わる生理現象を、分子の構造学的な側面から明らかにするため、物理化学、計算科学、バイオインフォマティクス(生命情報科学)といった手法を駆使して、その解明にあたっています。